レコーディングへの準備

ミックスとマスタリングの違いがよくわからないという話はよく聞く。
ただ、これを説明しだすとトピックからズレてしまうのでその説明は省略させて頂く。


あるミュージシャンから。


彼らはドイツのとてもよさそうな感じのスタジオでレコーディングをしたのだが、Pro Toolsのセッションファイルは持っておらず、マスタリングされた後のオーディオしか手元にないという。当時は、配信サイトでバラ売りのみのつもりだが、そのマスターされたオーディオを更にマスタリングしていい音にしてアルバムを作れないかと案件であった。


簡潔に言えば、私たちができることはレベルマッチくらいで、マスター後のオーディオをマスタリングしてなんていうのは論外である。


こういう類のEmailには果たしてどこまで親切に、しかも自分自身の時間を使って説明するべきかなのか真剣に悩む。大抵の人は、問題を解決したくて聞いているのではなく、こちらが懇切丁寧に説明した後、その結論が思うようにならない事を、自分の準備不足で学習して次に成功するようになどといった嬉しい態度では返してくれないので、あっけに取られてしまう。


彼ら曰くだが、そのエンジニアの説明では、ミックスと同時にマスタリングをしているので、マスター前のステレオは渡せない。ミックスとマスタリングではまったくその行程や、考え方は本来は全く違うのだが、彼らのようなエンジニアを商売人と見れば理解できなくもない。Pro Toolsのセッションを保存する時間がないと言われたそうだが、このクライアントがどうお金を支払いしているかにもよると思うので、そのバジェットが合わなかった事も考えられる。


たいがいのスタジオでは、半年くらいはセッションファイルを消去せずに保存し、いつでもクライアントが戻って来てコピーが必要であればその時間給をエンジニアに払いさえすれば、セッションのバックアップをもらえる。が、このミュージシャンの説明が正しければそれもしないのだそうだ。私は、何故セッションを保存できるHDDをレコーディングに持参しなかったのか聞いたが、そんな事は頭にもなかったそうだ。


私ならばだが、クライアントがレコーディング経験がなさそうであれば、保存期限の話や、推奨するセッションのバックアップの方法をレコーディング前に提示するし、そして、求められればDVDなどのメディア(容量に限度があるが)へ保存してあげる事くらいは可能だと思う。DVDなどクラッシュしやすいメディアではなく、せめて外付けのHDDを推奨する。HDDの代金に、$100-200くらい余計にお金はかかるが、レコーディングへの費用、いや費用よりも、そこに集まったミュージシャンのレコーディングの時間、努力、情熱は後からは何をやっても取り返せないものである。レコーディングがそのときうまく行ったかどうか不安であったとしても私なら、しっかりとセッションをバックアップし、安全にもって帰る道を選ぶ。


自分自身のファーストアルバムのレコーディングはとても大変だったし、失敗も多かった。だからこそ、限度のあるバジェットをサイフの中から切り詰めてまで捻出する気持ちも理解できるし、何よりも、関わるエンジニアとしてできる努力は全て惜しみなくしている。バックアップの有無はクライアントの選択なので私たちがいくら推奨しても必要でないと言われればそれまでなのかもしれない。が、私は、セーフなバックアップを強く推奨する。