ナレーションのレコーディング

私は、レコーディングエンジニア専業者ではないが、レコーディングもちょくちょくさせて頂いている。本音を言うと、もっと音楽の仕事もしたいのだが、映画のお仕事を頂く機会があり、昨日は、ナレーションの録音(こっちではVoice Over, ボイスオーバーという)であった。


録音にやってきたのは、ABC放送ロサンゼルス地区ののニュースキャスター、デビット オノ氏。売れっ子なので、多忙な中、引き受けていただいたようである。


映画がまだ製作中なので、映画の内容は言えないが、録音の内容は、日本人が登場するストーリーであるため、日本語の実物人物の名前(岸信介など)、アメリカでも聞き慣れない地区の名前、などが次々に台本に書いてある。英語に関してはプロのキャスターなので、録音はさくさくと進んで行くのだが、日本の取材を何回もお仕事されているオノ氏も、日本語の名前をやっと読めたと思ったら次に読みにくい英語が入ってきたりなどで、苦戦。


ニュースキャスターなので、オノ氏は、テンポよく、話して行く。普通の人の話し方よりはやはり少し早めである。テイク記録をつけながら、どの場所が聴こえにくかったか、もう一回テイクが欲しい場合は、どういった理由かを把握し、今のはちょっと早過ぎた、テンポは良かったが、文章のどの部分を少し強調して言ってもらえると、聴いている側にわかりやすいと思うので、そういう話し方のテイクを頂きたい、今の部分は、主役の人物にとっては、人生において数々の苦難の中のまだ一部であるため、感情的にあまりアップになりすぎないように、何行目の助詞の何というフレーズがあまりにも早過ぎた、heを間違ってweと読んでしまっていた、などと、コントロールルームから伝えて、テイクの取り直しを効果的に行う。



録音のお仕事の責任は、テイクを予定時間内に終了させる努力をするとともに、円滑に進める事、声優さんの疲れ加減などを見ながら、どのテイクを差し替え、または、もう1テイク録音した方がよいなど、限られた時間内で最善の判断して行かなければならない。経験のある声優さんであれば、自分で滑ったり、間違った場合は、今のはもう一度とこちらに伝えてくれるので非常にやりやすいのだが、それでも、二重にチェックし、しゃべっている人が気がついていない事を伝えていく。


と、ここまでは、普通であるが、もう一つ、自分自身が努力している事がある。アメリカ人は特に、「自分たちには聞き取れる、理解できる」などの理由で、読み方のミスを厳密には取らないのか、わからないが、'sなどの発音が、言ったのか言っていないのか、聴いてもわからない事がある。英語は、英語ネイティブの人だけが使用している言語ではない。世界的に、ネイティブでない人も聴いている言語である。可能な限りではあるが、正確で、きれいに聴こえるテイクを録音することもさせて頂いている。


さて、昨日の写真。ロサンゼルスに来たときに初プロジェクトのお仕事を頂いた後、機会があれば、使わせて頂いている。当時は、スタジオが完成しておらず、使用はできたが、奥のコントロールルーム、そして手前のプロダクションルームは最近、完成した。大きいスタジオではないが、音響、そして、メンテナンスにオーナーがしっかりと努力をしているので、本当に仕事がしやすい。



デビット オノ氏との一枚。


You Tubeの音圧基準 2015

多くの人が、You Tubeへ宣伝用として音楽をupしている。事実、i Tunesよりも、Spotifyよりも多くの人がYou Tubeで音楽を聴いている。確かに、Amazonなどのmp3視聴用の音質は聴くに耐えないくらいの音質で、音源をリリースするミュージシャン側に取ってどうでもよいと思われているのかもしれないが、You tubeに関して、音圧レベルは、今年になってから従来と変わった。


You Tubeが推奨している音圧レベル(-12~13LUFSあたり)でない、音圧の高い音源は、音圧が高いものほど自動的にピックアップされ、音圧を自動的に落とされるようになった。そのため、音圧の大きい音源をupすればするほど、音圧は自動的に落とされる確率が高くなる。自分がチェックする限りでは、現代の音楽の水準からしてかなり低い-12LUFSまで落ちてなくとも、音圧がそこまで高くないものは、自動的に落とされてないようである。そのうち落とされるのかもしれないが、一番真っ先に何の予告もなく落とされるのは音圧が高すぎるメジャーなポップス、それを真似し、それよりも質の悪い音圧の上げ方をして、音割れしているもの、これらは必ず、-13 LUFSぐらいまで勝手に落とされる。


単にゲインが下がっているだけではなく、エンジニアが選択したプラグインを使ってではなく、音質を問わないプラグインを使われて音圧をただ自動的に下げられるため、You Tubeの音質劣化プラスこのプラグインによる音質劣化で、二重に劣化する事になる。


これが、音楽家、エンジニアサイドに取ってよくなるか、よくならないかは予測できないが、You Tubeに載せる場合は、一言、エンジニアと相談した方がよいであろう。

You Tube用のマスタリング

音楽はオンライン配信が増え、CDマスタリングと同様の方法でのマスターが望ましくない状況が増えた。WAVまたはLosslessのフォーマットで配信する時はピークレベルより-0.3dB下げた従来通りの方法でファイルを渡してそれをそのまま配信されたとしても、それでよいのだが、オンライン配信でUpしたオーディオが自動的に圧縮される事でピークリミットを越え、音割れしてしまう可能性が増えている。


最近は、CDのプロモーション用にYou Tubeビデオを作る人が増えている。You Tubeの場合は、高画質(720p, 1080p, 1440p (2K), 2160p (4K) )を選んだ場合、オーディオは 384 kbpsで再生される。低画質(恐らく長い分数のビデオ用、360p と480p)は、128kbps(かつてのi Tunesと同じくらいの劣化フォーマット)で再生される。この自動コンバートにより、音圧が高い音源に音割れが目立つ。最近は、RMSレベルを調節するようになったみたいで、音圧が高い音源は自動的にただピークリミットを落とした状態で再生されているようだが、一度自動コンバートにより、音質劣化ではなく特定の音域がピークレベルを超えたもの(聴覚上音圧が高い程音割れがわかりやすい)をただレベルを下げるだけなので、音割れが聴覚上明らかに残るリスクを伴う。


You Tubeはダウンコンバートだけを行う為、画像はMovでuploadし、オーディオはダウンコンパートされることはやむをえないので、音割れしない状態でマスターすることで、自動コンバートに寄る音割れを防ぐ事が出来る。できれば、このRMSレベルに自動調節の対象にならないようマスターされている事が望ましい。ピークリミットのレベルは-1.0dBFS程度にとどめておくのが安全と言われている。


これは音楽目的でなくとも、商用ビデオ、映画のトレイラー、コマーシャル、全てに言える事だと思う。理想的な音質で再生できない状況であっても、劣化を最小限にとどめる方法を取った方がよいだろう。

Audio Restoration (ノイズリダクション)for Music

ノイズリダクションの仕事は、大きなプロジェクトであればしっかりプロセスされることが望ましい。例えば、オーケストラ、吹奏楽、シンフォニーなど、構成が大きく、ダイナミックスレンジが大きいジャンルの音楽であれば、曲中のすごく静かな場所にほんのちょっとの事であっても、座っている椅子の音、管楽器に奏者が演奏と関係ないタイミングで当たったクリックのノイズ、強すぎる息の音、譜面をめくる音など。歌ものでは、リップノイズや、口の中でツバを飲んだ音を繊細なコンデンサーマイクで録音する事に寄ってこれらの余計な音を拾ってしまう事もある。意図しない電気的な音や、レコーディングスタジオではない場所での録音中に入ってしまったhum/Buzzなどは、取り除く事が望ましい。


特に、歌っているのと同時の口の中のツバの音は、ノイズリダクション用のソフトウェアがその場所を「ノイズ」としてピックアップする事ができないので取り除くのはむずかしい。ライブではいくらツバを飛ばしても、声を張り上げてもその場の空気がよければよしだが、レコーディングの時はコンデンサーマイクが繊細に拾ってしまうので、歌い手が思っているよりも大きく録音されてしまう事がある。


数々のQC、ノイズリダクションを担当させてもらったが(最近ではXMenのサウンドトラック、去年は6 Miranda Driveという映画の本編の音楽)、マスター後のQCの場合は時間もあまり割けないし、クライアントと一つのノイズの為に連絡を取る訳にはいかないので、最も電気的な問題がある場合のログに絞らなければならない。その場合、何を音楽の一部と判断するかを考えてログを出す事に努めている。例えば、アコースティックギターピッキング中、アルペジオを弾いている時に手をボディーに当ててしまった音、ピアノのペダルの音、などはあまりにも酷くない場合は、そのまま残しておいてもよいと思う。


勿論、クライアントさんからリクエストがあった場合は取り除くが、そうでない場合は、何をノイズと判断して取り除くか、判断しなければならない。

ギターピックで音は変わるのか?

大雑把に答えると、演奏家としてはYes、エンジニアとしては全くとは言えないがたいして変わらないが自分なりの答えである。音の種類を大きく変えたいのであれば、やはり、マイクの種類、もっと言えば楽器そのもの(アコギであればボディーの大きさ、板の種類)を変えた方が違いは出やすい。


しかし、制作、録音において軽視はできない部分だと思う。基本的に、同じピックの方が弾き慣れれば楽なのだが、ギタリストとして「細かい」要求に答えられるようになりたい人には是非、色んなピックを試してもらいたい。


音色そのものはたいして変わらないが、どういう演奏にリズム楽器としての「安定感」を与えるか、研究してみる価値はある。また、アタック、サステインが、シンセサイザーのツマミではなく、ピックで変えられるというのはギターという楽器の面白さの一つだと思う。どういう楽曲に、どういうピックがふさわしいか、年数はかかるが経験を積んで使い分けられれば面白い。


アタック、サステインは演奏の印象をかなり決定してしまうと思う。リバーブのついたアンプを持って行く、PAからいい感じのリバーブを出してもらう、リバーブをセンド/リターンで送る。これでいい雰囲気を作る事は勿論出来るが、ドライな状態で裸のときに聴いたときに安定感があってこそのエンジニアリング、機材だと思う。


音の比較はこちら。

https://soundcloud.com/ayako-yamauchi/guitar-pick-test


使用ピックは4種類。
1. Jim Dunlop黄色、X-H
2. Dunlop Jake E Lee ツアーモデル。1より少し薄め。簡単に曲がらないので恐らくheavyあたり。
3.Jim Dunlop 1.5mm紫 ナイロン製
4.HISTORY Medium (島村楽器




考察
1.アルペジオストローク、ともに無難 
2.アルペジオでは強拍と弱拍に差が出やすい。強拍のアタックはブライトでクッキリと聴こええるが、弱拍はそれだけ聞いていれば聴き辛い人もいるかもしれないが、音楽的には強拍が聴こえる事で損はないと思う。ストロークも良好
3.アタック音が丸く、サステインが長く聴こえる。アルペジオの録音で、テンポが遅い曲などに最適だと思うが、テンポの早い曲のストロークは慣れないと弾き辛そうだ。暖かみのある音が欲しい時には最高。ただし、アタック音がブライトに聴こえないため、弾いている位置からだとタイミングが取り辛い。ヘッドホンでしっかりモニターすれば、録音では失敗がない。弾き慣れていないからか、録音せずにただ弾いているだけだと、かすっているような音に聴こえる。
4. 経済的理由で三角ピックにしてからずっとこれを使っている。アルペジオはまだ良好だが、サステイン感はあまりない。ストロークはそこまでブライトでないため、気を抜くとテンポに遅れそうになる。ピックの角度はティアドロップの方があてやすい。薄い三角の大型ピックのしなるタイプであればストロークでは音の種類は違うが、そちらの方が合っているのではないかと思う。

有名なソフト会社の出している音楽的に不自然なデモ

世の中にあまりにも、「海外でこう言われていたから」とおっしゃる方々が多いので、その海外や有名な会社が推奨している方法が音楽的ではない事もあるという事を発信したいと思う。


一つ目は、NI (Native Instrument)の出しているAuthentic Steel String Guitarという音源。


http://www.native-instruments.com/en/products/komplete/guitar/session-guitarist-strummed-acoustic/


リアル感を出す為にフィンガーノイズを演出するのを売りとしているのだが、下のサイトの一局目の音源-00:20あたりのフィンガーのノイズは現実的に考えてとても不自然な位置にある。ギターのベーシックなコードチェンジ、そしてリードギターアルペジオ、両方を考えてもこういったフィンガーのノイズは起こりえない。現実感の演出の為の機能なのに、非現実的な場所に入ってしまっている。フィンガーノイズのこの種の音は黒板をチョークでキーーとやったような感じの耳に痛い音域と近いので、この種のフィンガーノイズを入れるのは特に気持ちのよいとは思えないが、ましては現実的にありえない場所に入れる必要はどこにも見つからない。


もう一つはiZotopeという会社の出しているギタートラックの例。


https://www.izotope.com/en/community/blog/tips-tutorials/2015/how-to-clean-up-your-guitar-sound-after-recording/


この会社は逆にフィンガーノイズを音楽的な要素とはとらえず、消すことをデモとして出している。


1番目のトラックは、音作りの問題だと思うが、私が思うにソフトウェアシンセの音源でもここまで音の悪いのは聴いた事がない。ここまで音が悪いのであればノイズ処理というよりは演奏していて気がつかないものなのかと思うし、ノイズの音もディストーションギターとして音作りをするのはギタリストの重要な役割だ。レコーディング時にギタープレーヤーがその音で納得しているのであればそのまま残せばよいと思うし、音が悪いのであればコミュニケーションをしてその場で録音をし直すということも、演奏家が経験する事によって上達していくのである。それをノイズ処理によって人を納得させるという発想が私にはとても納得いかない。


2番目は音を伸ばし、減衰していく感じをノイズリダクションにより変えてしまう。このことにより、ギタリストが他のパートを録音時に聴きながら演奏していたとすれば、他の楽器とのバランスを変えてしまう可能性がある。そもそもそこまでヒドイノイズではないので処理する程のものでもないと思うし、処理をする事で音の太さを失うデメリットの方が大きい。


3番目は、リズムを刻むアタック音を「クリック」ととらえ、削除してしまっているのだが、ギタープレイヤーが演出している音楽的要素として認識していないという判断である。


クライアント間で意見は分かれるかもしれないポイントではあるが、音楽的要素を否定するものは少なくとも「デモ」としてはふさわしくないと思う。


3例とも元の音と比べ、良い要素までもノイズリダクションによって消されてしまっている。少なくともギタリストのクライアントであれば、これを納得するとはとても思えない。


もし、上記の三例を私がマスタリングのQCを担当し、チーフエンジニアに「非音楽的要素に値するノイズ箇所」という報告書を出せば、次の日から仕事はなくなる。

映画のサウンド

映画のサウンドに関わる機会を何回か頂いた。インディペンデントの映画はどこも予算に余裕がない。関わるたびにベストを尽くそうとは思うが、多くのプロデューサーはサウンドを軽視する傾向にある。映像には結構なお金(高級カメラを使い、コンポジッター、エディターなど多くの人が関わっている)をかけているのに、オーディオの知識に無頓着な為か、ヒドイものだとレコーディングしっぱなしのオーディオを、映像担当者で音声の知識を有していない者が処理して失敗してそのまま映画館で上映されているものまである。


まず、映画のオーディオで大事な順番は、もしプロのサウンドのスーパーバイザーが関わっていれば、


1.ダイアログ
2.音楽
3.サウンドデザイン


の順番になる。勿論、デザインありきのスタイルを用いている映画は沢山あるし、卓越したサウンドデザイナーになろうと思えばそれなりの時間や鍛錬が必要である。3番目にサウンドデザインを持ってきているのはデザイン担当者を軽視しているのではなく、ストーリーや映画における役割としてはやはりダイアログが優先である。


ダイアログの録音状況があまりにも無茶苦茶な映画は沢山ある。アフレコをされていても、ダイアログ専門のスタジオで収録されておらず、映像を役者さんが見ながらその口元のタイミング(映像収録時のタイミング)に合わせて収録されていなかったりする。これでは、そのオーディオを使う事が難しい。折角スタジオの時間を取って録音しているオーディオを使うことができないため、スタジオ費用や、役者さんへ払うギャラが無駄となる。


ダイアログの音の大きさは、その平均の音の大きさが-24LUFSという基準が定められている。これ以下であると台詞が聴こえづらい。大きいと、威圧感のある音に聴こえてしまう。録音の時点でこのレベルと比べ、あまりにも小さい音であればそれをを大きくしたり、大きすぎる音を小さくしたりするとその印象が大きく変わってしまう。従って、録音のエンジニアがレベルやマイク位置、その距離に気をつける事は必須である。小さく録音しすぎると、ノイズがどのくらい入ったのか耳で聴く事ができない。大きく録音されると、その録音が場合に寄っては音割れしてしまう事も考えられる。程度にもよるが、音割れしているものをボリュームを絞ったりコンプレッサーをかけても割れている音は残ってしまう。ノイズ処理でそれを軽減する事は可能だが、元の録音が割れていない事に超した事はない。


録音由来のノイズの処理には、適切なプロセスが必要である。しかし、ノイズ処理のツールのover process(やりすぎ)による失敗例はいくつもある。ノイズ処理に使われているプラグインは、主にiZotope RX Advancedだが、そのマニュアルはユーザーサイドというよりは制作者サイドで書かれており、プロのサウンドエンジニアでもそれを理解していない人が沢山居る。


ダイアログを軽視したが故に出てくる歪みを音楽トラックのボリュームを上げる事によってごまかすことはできないか?という無茶なリクエストをされた事すらある。ダイアログはストーリーを視聴者が理解する一番大事な部分なので、一番手を抜いてはいけないポイントなのである。


1930年代のヒット作の映画を見てみよう。この時代は映像、音声、ともに機材の技術に関しては今のようには発達していなかった時代だ。今の機材を熟練した人が使いこなすそれとは違いがあるにしろ、この時代から、ダイアログははっきりとクリアに聴こえるように録音されていた事が証明できる。