マッセンバーグクリニック 2 〜音圧競争への終止符〜

M-works studiosでは、半年に一回、あの有名エンジニア
George Massenburg氏を迎え、チーフのJonathanと、
バークリーの学生向けにクリニックを行います。
今回は、11月15日に行われました。(ご報告遅れてすみません)


1980年代より、この30年、急速にCD制作において所謂
「音圧競争」が加熱していたという現象はご存知の通りだと思います。


私が子供の頃は既に90年代で、私はロック/ポップスが好きでした。
私の家族は音楽家でも何でもないので、音圧の高低、
エンジニアリングによる音のよさなどは意識の中には
全くないまま音楽を聴いてきました。
今、改めて聴くと、音楽の中身はすごくよいのですが、
エンジニアとしての耳で聞くと「疲れてしまう」音楽も
あったのですが、仕事をする今となっては、どんなにリスナーの
中の意識にないものであっても、意識して聴かざるをえない
事は言うまでもありません。


どれだけの人がダイナミックレンジがある方が好きで
どれだけの人が、いや、もっと音圧を上げて、あるいは、
ダイナミックスレンジを楽しみたいと
求めているかは、調べようもないし、わからないのですが、


2010年のAESコンベンションでは、有名エンジニアにより、
音圧の高さと音楽のセールスは全く関係ない、人々は
ダイナミックレンジのある音楽を好むという調査結果
が発表されたようです。


クリニックで、ジョージが話していた事の一つ、
アメリカのテレビ業界が、テレビのコマーシャルの音量を
ある一定以上は上げないと制限する事になった、
これは、とてもいい現象だねと言っていました。


「いい音」を追求したいエンジニアサイドにとっては
自分の意志とは相反していても、求められればそれと
うまくつき合って行かなければならない一方で、
心の中では、これは「いい音」あるいは、「音楽的に
自然な音ではない」と言いたかったエンジニア、あるいは
ミュージシャンは多々おられたのではないかと思います。


もちろん、音圧が高くなった事でよくなった部分もあると
思います。ある程度までであれば、音圧を上げるという行為での
利点は正解だと思います。
いつも、リスナーはいい環境で音楽を聴いている訳ではありません。
私も、10代の頃は、安物のwalkmanとイヤホン
で、騒音の多い、電車の中で聴いていたので、
ダイナミックレンジなんて楽しみようがないし、
要するに聴こえていればよかったので、音圧が上がって
居た事で聴きやすかった事もあると思います。


しかし、一方で、近代の音圧、特に2000年代以降の
音圧は「やりすぎ」感が多々あります。
音圧を稼ぐ事で、CDのセールスを稼ぐという時代では
なくなりました。CDのセールスの低下を起こした
原因は、音圧の高低とは関係ないと思いますが、
少なくとも、その音圧が上がってダイナミックスレンジの
殆どない音楽が「好かれる音楽」という結果は出ていない
というのは明らかだと思います。
また、2000年代以降ほど音圧を上げなくとも、
音楽再生機器で音楽が聴こえない、あるいは、聴き取り辛い
なんて事は、自分の耳で確かめてみてもあり得ないの
ではないかと思います。


音圧競争は、そもそもは、音圧の高い音楽を流す事で
よりその音楽へリスナーに注目して欲しいという
意図で始まったのですが、結果的にやりすぎてしまった為、
皆が皆作ってしまったため、リスナーに注目されるどころか、
逆に、「うるさい」と
無視すらされるようになってしまったのではないかと思います。


「音圧」は職業上、求められれば上げなければならない立場
にはありますが、


その制約のなかでも、ベストを尽くす事は言うまでもなく、
どこかで「ダイナミックレンジの心地いいマスタリング」
を自分の音として作って行けたらなと思います。